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昭和20年(1945)年12月8日。「待望の地元新聞生誕す」−大きな見出しが躍り、マチに室蘭民報が配達されました。 太平洋戦争後の混乱した日々。人々はきょうをどうやって食いつないでいくか、という食に追われ、その中で地元の経済人、ジャーナリストが「心に生きる糧を」という室蘭民報が生まれました。 あれから60年。経済が復興し、生活に実りがもたらされ、地域づくりが進む。2ページの夕刊「室蘭民報」が4ページになり、昭和31年、地方紙としては異例の「朝刊夕刊セット」発行へ移行。世界・全国から郷土の話題まで、グローバルでローカルな紙面を胆振と日高の読者に届ける「21世紀の室民」へ深化し続けてきました。 室蘭民報の種子は明治35(1902)年創刊の「室蘭時報」を始めとします。本道開拓のけん引となった空知からの石炭輸送・鉄道敷設の時代。同40(1907)年に「胆振新報」が、翌41(1908)年に「室蘭タイムス」が創刊し、室蘭地方に地域メディアの足跡を刻みました。 室蘭民報に「地方紙百年」のDNAを受け継がせたのは明治43(1910)年創刊の「室蘭毎日新聞」。室蘭に製鉄・製鋼の日本製鋼所、輪西製鉄所創業と軌を一にする。この時期は、鉄と港の両輪で動く室蘭、温泉開発が始まる登別、農・漁業を軸にした伊達の三極が時代を切り開いていました。室蘭毎日新聞は室蘭を本拠に噴火湾へとニュースの間口を広げていきました。 明治の草創、大正の揺籃期を経て、室蘭の地方紙活動は昭和に入り、室毎を軸に「室蘭新報」(昭和2・1927年、その後北海日々新聞・室蘭タイムスに改題)との二大紙が競いました。戦争の色が濃くなった同16(1941)年、政府の一県一紙政策で室蘭の新聞は合併し、室蘭日報となりました。第二弾で翌年全道の新聞が統合され「北海道新聞」が産み落とされました。室蘭は支社になりました。 昭和20(1945)年、戦後の新しい時代を迎え、「一県一紙」製作での新聞統制に決別し、室蘭毎日新聞以来のDNAを持つ谷村金次郎や市内の印刷業界、経済界が「地元紙をつくろう」と旗揚げしました。「地域の新聞」「地域を伝える新聞」「地域の生活を支える新聞」の志。室蘭民報が60年への道を歩み始める第一歩でした。 苦難を超えて、平成7(1995)年に創刊半世紀を迎え、室蘭民報は全国唯一の地方都市新聞で朝夕刊発行と「地域民報題字」で編集する紙面という特徴を持つ新聞に成長しました。胆振と日高の歴史を見続け、伝え続け、地域に活気を、人々に元気を、子供たちに勇気を与える紙面。 「地方紙活動100年・創刊60年」の室蘭民報は平成へ、21世紀の世代へ引き継がれていきます。平成17(2005)年、室蘭民報は“還暦”を迎え、創刊の志も熱く、新しい紙面活動を展開します。 |
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